たびのほん

旅が好き。海外を自由に旅したい。でも現実は旅立てても年に1、2回。そんなたびごころを慰めるため読んでみた本を紹介します。

小説を書く、その方法を垣間見ることのできる一冊

 

酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記

酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記

 

 

すごいタイトルである。

タイトルの理由は本書の中で明かされているが、断っておくと、イギリス・アイルランドとは全く関係がない。

また私がこの本を手に取った理由もそのタイトルによるものではない。

そう、この装丁。

海外旅行好きの人ならわかるはず。いやいや、こんなこと許されるのか?出版社も異なるのに。この思い切りの良さに惹かれた。

 ↓参考

A03 地球の歩き方 ロンドン 2012?2013

 

本書はイギリス・アイルランドの古代遺跡を巡る旅の日記のはずなのだが、読み終わると、古代遺跡の話はちっとも頭に残っていない。

それより、いかに飛行機恐怖症の人が旅に出るのが大変なのか、が真に迫っていて、読んでいるこちらも、飛行機に乗りたくなくなってしまうくらいの勢いがある。(実際、その話にかなりのページ数が割かれている。)それを酒で紛らわそうと、ワインボトルを続けざまに頼んだり、持参した本を開いたり、格闘ぶりが伝わってくる。いやほんと、気の毒なほどだ。

 

それから、作者の妄想話。これがかなり面白い。小説のネタが散りばめられている。というより、小説が生まれる一場面を目撃しているような感覚になった。(恩田陸ファンなら更に感激することだろう。)物語は「考える」のではなく、目の前に「現れる」もので、作者はその出会いを待っている。

 

「世界のあちこちに、お話しの欠片(かけら)が放置されていたり隠されていたりするが、それを首尾よく見つけ出せることもあるし、ちっとも見つからないこともある。私がやっているのは、きっとそういう商売なのだ。」

 

旅の本というより、小説家なるものを知る本として、お勧めである。

暮らすように旅をする。そんな疑似体験ができる一冊。

 

北緯14度 (100周年書き下ろし)

北緯14度 (100周年書き下ろし)

 

 

北緯14度。そう聞いてどんな地域を思い浮かべるだろうか。

正直、私は思いっきり勘違いしていた。何をどう血迷ったのか、「あ、なんか涼しそう」そう思って手にしたのだ。

いやいや。14度ですから。0度が赤道って知ってました???っと突っ込まれても仕方がないくらいの勘違い。

 

物語の舞台はセネガルだった。思いっきりアフリカだった。涼しさとは対極にあるような国である。

そんなわけで、なんだかあまり気のりせずに読み始めたのだが・・・。

いやはや面白い。初っ端から読んでいるこちらが心配になるくらい、こき下ろされまくっている編集者。(そんな悪口言えるほど仲が良いということか。)セネガルの銀行員も日本大使館の奥様も、彼女の手でコテンパンにやられている。見ていて、もとい読んでいて、実にすがすがしい。

そんな媚びない動じないたくましい作者の2か月に及ぶセネガル滞在の記録。片言のフランス語から始まって、帰るころには日本語で言葉を紡ぐのが難しいほどになっている。その順応力に脱帽。

 

体力諸々自身のない私はこれまでアフリカを旅したことはないし、しようと思ったのも一度だけ。(ちょうどラマダンの時期と重なるということで、結局、やめてしまった。)旅の目的地としてはもっとも縁遠いところだったのだが、本書を読んで、ぐっとその距離が縮まった。セネガルにはぜひいつか、行ってみたい。(でも、暑さにうんざりしている今ではない。)作者が絶賛するところのセネ飯を食らいたい。下ネタ好きのハンサムなセネガル人に会ってみたい。彼女の魂を揺さぶった、この旅のきっかけでもあるドゥドゥの音楽を聴いてみたい。

 

別に彼女は体当たり取材をしているわけではない。ただそこにあるひと時滞在して、はじめはゆっくりと最後はもう強力な吸引力でセネガルに暮らす人々と一体化している。それは一つの才能だろう。

 

ただそんな彼女も滞在2か月、ただひたすら楽しく過ごしていたわけではない。セネガル人とのコミュニケーションに悩み、取り立てて何もしていない日々に悩み、セネガル社会の日本人との付き合いに悩んだりしている。もちろん、腹は下すし、嘔吐はするし、部屋の水はでないし。色々、困難も降りかかる。それらが赤裸々に明かされているのが本書の面白さでもあるのだ。そうまさに、彼女の目を通して、私たちもセネガルのその滞在を体験できるのだ。

 

言葉を生業としている私が、言葉じゃないんだ、ということを学んだのはとても大きいと思います。短い単語、平凡な言葉のなんと雄弁なことか。そして、長い握手の沈黙や、不細工な男がぱっと笑顔を見せた時の輝き・・・・・・

 

異国の地を旅するというこはそういうことなんだろう。つまり、言葉を超えた、人と人どおしの交わり、もっと原始的なもの。それを得られる私たちに残されたあまり多くはない方法の一つが旅することなのだと、そう思った。

いつかこんな旅をしてみたい。旅する作者が羨ましすぎる一冊。

 

イギリス南西部 至福のクリームティーの旅 (私のとっておき)

イギリス南西部 至福のクリームティーの旅 (私のとっておき)

 

 

分かる人には、タイトルを見ただけでもう手に取ってしまうような本である。あまりに危険なので、ダイエット中の人には絶対におすすめできない。読んでいるだけで涎が・・・。

 

アフタヌーンティー」はすっかり日本にも受け入れられて、今では数々の名立たるホテルで楽しむことができる。それはイギリスの上流階級からやって来たお茶文化。彼らの生活では夜にオペラや観劇を鑑賞するので、夕食が遅くなる。夕食までの間、小腹を満たすため、午後に軽食やお菓子をつまみながらお茶をする、という文化が育った。

典型的なスタイルでは3段になったティースタンドにサンドウィッチ、スコーン、ケーキなどの菓子がそれぞれ載せられて、紅茶と共に提供される。正直、こんなものを夕食前に食べてしまうと、とてもじゃないが、普通の夕食は食べられない。軽食とは思えない、何とも豪華で優雅な習慣である。日本でもホテルでいただけば数千円。特別な贅沢として、時々、自分に許すことにしている。

 

さて、今回の本のタイトルは「アフタヌーンティー」ではなくて「クリームティー」。クリームティーとは、アフタヌーンティーのカジュアル版になる。マストアイテムはスコーンと紅茶。

そして、スコーンといえば必ず添えられるべきものがある。それがクローテッドクリームとジャム。この二つが付いていなければ、本当のアフタヌーンティー、クリームティーとはいえないと、私は思っている。残念ながら、日本ではホイップクリームやバターが添えられている場合もある。

クローテッドクリームもバターも元を正せば同じもの。牛乳からできている。けれども、全然別物なのだ。簡潔に言うなら脂肪分の違い、ということになる。ホイップクリーム(生クリーム)、クローテッドクリーム、バターの順に高い。でもその違いが重要で、やはりスコーンに一番合うのがクローテッドクリームなのだ。

 

作者はこのクローテッドクリームを愛するあまり、イギリス南西部へ旅に出る。なぜイギリス南西部に決めたのかも本の中で明らかにされている。本書を読めば、これまで「クローテッドクリーム?何それ?」と言っていた人も、スコーンにホイップが添えられてきたら怒りだしてしまうかもしれない。それくらい、クローテッドクリームの魅力があふれ出している。色鮮やかな写真が更に読者の心を奪う。作者は欧菓子研究家ということもあって、最後にはスコーンや焼き菓子のレシピ付き。自宅で、熱々のスコーンにたっぷりのクローテッドクリームをつけて、クリームティーを楽しむだってできるのだ!

ただし、くれぐれも気をつけて。クローテッドクリームの半分以上は脂肪分だということに・・・。自戒も込めて。

哲学と歴史と圧倒的な自然への崇敬が詰まった感動の一冊。

 

ノーザンライツ (新潮文庫)

ノーザンライツ (新潮文庫)

 

 

何の気なしに手に取った一冊だった。

ノーザンライツ。日本ではオーロラと呼ばれているそのタイトルに、吸い寄せられたのかもしれない。何しろ外は蒸し暑く、無意識に涼しさを求めたとしてもおかしくない。

 

作者は星野道夫のことは写真家、探検家として知っていたいし、テレビ番組のための撮影中にヒグマに襲われて亡くなるという衝撃的な出来事があったので、故人であることもわかっていた。

この作品はそんな彼の遺作だった。

 

この本を一体、どういうジャンルに分ければよいのか、正直わからない。アラスカの大自然とその歴史、文化、作者自身の哲学、日常の一コマ。それらが混然一体となって、たちまち読者を引き込んでいく。アラスカを軸として広がる作者の意識に私たちが触れるのだ。

それを可能とする圧倒的な筆力。アラスカなど行ったことがない私の前にも、白銀の世界と息も凍るほどの寒さが広がって、その文章の合間から零れ落ちてくる自然の圧倒的な力、神々しさを何と表現すればよいのか。そしてそんな世界に突然、涙が零れそうになったりする。作者のアラスカへの強い思いが、活字を通して、私たちの胸にも直接届く。

 

物語は唐突に終わる。本人も全く予期していなかったに違いない、早すぎる死。それとも、自然と共に生きた彼にとっては、生と死は最も近しいものだと捉えていたのだろうか。

アラスカに生きる人々も命を繋ぐためにクジラを獲り、カリブーを屠り、アザラシを捌く。当たり前だったはずのことが、当たり前でなくなった世の中に生きる私たちに、そんなことも教えてくれているような気がする。

 

それから、忘れてはいけないのが、この本に登場する二人の女性、ジニーとシリア。パイロットとして、アラスカを守る活動家として、それからただ、アラスカを愛する者として生きる彼女たちの姿に感じるのは強さや勇気より、自分に正直に生きることの素晴らしさ。それができるのは稀有な人々なのかもしれないが、その道は誰にでも開けているのだと励まされた気になった。

 

作者である星野道夫がなくなってから20年の時が流れた。アラスカにも更なる変化が訪れていることとは思う。それでも、ここに描かれた精神が消えてなくなってしまうことはないと信じている。それは、これからの私たちに重要な道を示してくれるかもしれない。少なくとも、自分の歪んだ考えを満足させるためだけに、ただ無差別に人を殺すといった思想とは対極にあるものだから。

 

 

はじめまして。きりです。

旅が好き。人と出会い、異文化に触れ、自分の未知なる部分を発見できるのが旅だと思う。

 

でも、現実は限られた時間や予算や周囲の都合に絡み取られて、自由に旅することはままならない。せめて旅に出た気分だけでも味わいたい。これから訪れるだろう地のことを少しでも知りたい。これまで訪れた地の思い出に浸りたい。

 

そんな思い出で手にした一冊を、ぽつぽつと紹介していくつもり。