たびのほん

旅が好き。海外を自由に旅したい。でも現実は旅立てても年に1、2回。そんなたびごころを慰めるため読んでみた本を紹介します。

哲学と歴史と圧倒的な自然への崇敬が詰まった感動の一冊。

 

ノーザンライツ (新潮文庫)

ノーザンライツ (新潮文庫)

 

 

何の気なしに手に取った一冊だった。

ノーザンライツ。日本ではオーロラと呼ばれているそのタイトルに、吸い寄せられたのかもしれない。何しろ外は蒸し暑く、無意識に涼しさを求めたとしてもおかしくない。

 

作者は星野道夫のことは写真家、探検家として知っていたいし、テレビ番組のための撮影中にヒグマに襲われて亡くなるという衝撃的な出来事があったので、故人であることもわかっていた。

この作品はそんな彼の遺作だった。

 

この本を一体、どういうジャンルに分ければよいのか、正直わからない。アラスカの大自然とその歴史、文化、作者自身の哲学、日常の一コマ。それらが混然一体となって、たちまち読者を引き込んでいく。アラスカを軸として広がる作者の意識に私たちが触れるのだ。

それを可能とする圧倒的な筆力。アラスカなど行ったことがない私の前にも、白銀の世界と息も凍るほどの寒さが広がって、その文章の合間から零れ落ちてくる自然の圧倒的な力、神々しさを何と表現すればよいのか。そしてそんな世界に突然、涙が零れそうになったりする。作者のアラスカへの強い思いが、活字を通して、私たちの胸にも直接届く。

 

物語は唐突に終わる。本人も全く予期していなかったに違いない、早すぎる死。それとも、自然と共に生きた彼にとっては、生と死は最も近しいものだと捉えていたのだろうか。

アラスカに生きる人々も命を繋ぐためにクジラを獲り、カリブーを屠り、アザラシを捌く。当たり前だったはずのことが、当たり前でなくなった世の中に生きる私たちに、そんなことも教えてくれているような気がする。

 

それから、忘れてはいけないのが、この本に登場する二人の女性、ジニーとシリア。パイロットとして、アラスカを守る活動家として、それからただ、アラスカを愛する者として生きる彼女たちの姿に感じるのは強さや勇気より、自分に正直に生きることの素晴らしさ。それができるのは稀有な人々なのかもしれないが、その道は誰にでも開けているのだと励まされた気になった。

 

作者である星野道夫がなくなってから20年の時が流れた。アラスカにも更なる変化が訪れていることとは思う。それでも、ここに描かれた精神が消えてなくなってしまうことはないと信じている。それは、これからの私たちに重要な道を示してくれるかもしれない。少なくとも、自分の歪んだ考えを満足させるためだけに、ただ無差別に人を殺すといった思想とは対極にあるものだから。